大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成9年(あ)1228号 決定 1998年3月13日

本店所在地

東京都港区高輪一丁目五番一九号

株式会社伝田工務店

右代表者代表取締役

傳田博

本籍

東京都大田区上池台四丁目五番

住居

同 港区高輪一丁目五番一九号

会社役員

傳田博

昭和五年七月二三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成九年一〇月二二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から各上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人稲山惠久、同竹内俊文の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員の一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

平成九年(あ)第一二二八号

上告趣意書

被告人 株式会社伝田工務店

被告人 傳田博

右被告人らに対する法人税法違反被告事件について、弁護人らの上告趣意は次の通りである。

平成一〇年二月二五日

右弁護人 稲山惠久

同 竹内俊文

最高裁判所第二小法廷 御中

一、被告人株式会社伝田工務店に対し罰金九千万円、被告人傳田博に対し懲役一年を言い渡した原判決の刑の量定は、甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するから、刑事訴訟法四一一条二号により破棄されなければならない。

以下、その理由について、詳述する。

1、本件事件と被告人らの行為の背景について

本件事件は、不動産の価格が異常な高騰を続け、適当な物件さえ手に入れることができれば、短期間の内に莫大な利益を取得することも可能であった当時の不動産を取り巻く時代的状況の中で、仕事を他人任せにすることができず、自分が全てを切り盛りしなければ気が済まない被告人傳田の行動様式、被告人傳田の一〇〇パーセントオーナー会社であり同人の行動にブレーキを掛ける者が誰一人としていなかったという被告会社の社内事情等がマイナスの相乗作用を起こした結果、発生した事件である。

もちろん、被告人傳田が、被告会社の事業活動の展開を優先する余り、社内の経理体制をきちんと整備せず、納税義務の履行を後まわしにした結果、無申告ほ脱犯(必然的に一〇〇パーセントのほ脱率となる)となってしまったことの責任は非難されて止むを得ないが、同人の執った一連の行動を見る限り、被告人傳田が当初から計画的に納税の申告を一切行わないことによる所得の隠匿を意図したとまで考えることはできず、原判決が「その動機は、将来の事業展開に備えるために利益を裏金として留保しようというものであって、酌むべき点はない。」と認定したことは、適切でないと考えられる。

被告会社は、元来、等価交換方式によるマンション等の建設を業務とする会社であり、建物を建築した後も地権者らとの裁判で和解成立までに一二年の歳月を要した港区高輪のヒルトップ高輪や、地権者の死亡による遺産相続や借家人との交渉に手間取り、事業に着手してからリクルートコスモスに権利を転売するまでに一〇年の歳月を要した世田谷区等々力の各取引にその典型が見られるように、関係者との利害調整や法的紛争の処理に長い期間と膨大な手間を要し、経費についても単年度で処理することの困難なケースを抱えることが多かった。

そのうえ、被告人傳田がほとんど一人だけで事業を切り盛りしていたことや経理担当社員が退職した等の事情も加わり、経理体制を確立したうえで適正な納税を行うということが、ついつい後回しにされてしまったのである。

もとより、このような被告人の納税に対する安易な考え方を是認することはできないが、被告会社が浅草物件の取引についてダミー会社を介在させて架空の契約書や伝票を作成していた状況(なお、差戻第一審判決が被告会社の取引と認定した取引の内、被告会社がこのような所得隠蔽手段を講じているのは、右浅草物件の取引のみである。)等を考えると、彼告人傳田は最初から被告会社について全く無申告で済ませようとまで考えていたわけではなく、それ自体許されることではないにせよ、せいぜい架空経費の計上等により所得を過少に申告することによって税の軽減を図ろうと考えていただけであったのに、被告会社の業務体制の不備や被告人傳田のルーズな性格とが相まって結果的に無申告という事態を惹起してしまったと捉える方が、より実態に合致するものと思われ、原判決が判示する如く、被告人らが小口の現金出納帳以外の会計帳簿を全く作成しなかったことも脱税の手口と捉えることも、当を得ていないと思われる。

被告会社が、部分的にせよダミー会社を介在させて売上額を実際より少なく仮装した取引や取得した売買代金を仮名口座に入金した事実の存在は否定できないが、被告人らのとった方法は、所得隠匿の手段として考えた場合、一度税務当局の調査が入ればすぐに実態が明らかになるような、余りにも単純かつ拙劣なもので、所得隠しを目的とする二重帳簿の作成も行われていなかった。

2、本件裁判の経過と被告人傳田の反省について

被告人傳田の税金についての従来の考え方に安易な点が多々あり、それが被告会社を取り巻く様々な要因と結びついて事件の原因となったこと、事件発覚後起訴に至るまでの間に被告人傳田が行った罪証隠滅工作については、非難されても、やむを得ない側面がある。

しかしながら、被告人傳田は、今回の事件により、第一次第一審、第一次控訴審、差戻第一審、原審と合計四回の裁判を受けることにより、これまでの税金についての考え方がいかに安易なものであったか考え直す機会を与えられ、今後二度と同じような過ちを繰り返さぬよう自らを強く戒めていく決意をするに至っている。

そして、差戻第一審においては、第一次控訴審で被告人の主張が認められたことにより検察官が訴因を変更し、北沢、国母の二物件の取引と住友銀行高輪支店の被告人名義の口座(一〇一一八三)からの所得を起訴の対象外としたことを受けて、それ以外の事実については従来の主張を撤回し、これ以上争わないことを言明するに至った。

このような被告人傳田の主張の撤回は、第一次控訴審の判決が、それまでの国税局や検察庁の対応や第一次第一審の判断と異なり、被告人個人の取引であるという主張に真摯に耳を傾け、証拠を詳細に検討することによって、北沢物件及び国母物件の取引を被告人個人に帰属するものと認めたことに起因するところ大である。

たとえ、公訴事実の内一部の取引が被告会社でなく被告人個人に帰属することになっても被告会社の脱税金額に大きな差異が生じないにもかかわらず、被告人傳田がそれらの取引をあくまで個人の取引と主張してきた背景には、国税当局や検察官が、被告人個人の取引についても全て会社の取引と決めつけ、個人としての資産形成活動を一切認めようとしなかったことに対する反発があったことは否定できない。

被告会社が被告人個人の一〇〇パーセントオーナー会社であることを考えると、被告人個人の活動と被告会社の活動との境界は必ずしも判然としておらず、被告人傳田が第一次控訴審判決でも被告人個人の取引とは認められなかった取引についても主観的に個人の取引と認識し、そのように主張してきたことも、あながち弁明のための弁明と捉えることはできない。

第一次控訴審判決は、北沢物件、国母物件の不動産取引と北沢物件の売却代金の一部を原資とする定期預金口座を被告会社に帰属するものと認定した第一次第一審判決に事実誤認があるとしてこれを破棄することにより、被告人らの主張の正当性を一定の限度で認め、被告人傳田も、このような第一次控訴審の判決を正面から受け止めて、事実認定については同裁判所の判断に服し、これ以上争わないことを決意したのである。

被告人傳田の妻邦子も第一次第一審及び原審の公判廷に証人として出廷し、夫婦が向き合う姿勢で話し合うことにより、被告人に二度と同じような過ちを繰り返さないことを約束しており、被告人自身の真剣な反省の気持ちと二人の息子や妻の母親を含めた家族達の精神的な支えによって、被告人傳田が二度と同じ過ちを繰り返さないことを、弁護人らは確信するものである。

3、被告会社による納税とその努力について

被告会社が、不動産のバブル期に上げた利益についてきちんと納税しなかったことによるつけを、不動産取引をめぐる状況が極めて悪化し沈滞している今の時期になってから、自らが多額の借金とともに抱え込んでしまった不動産の売却等の方法によって返していかなければならぬ結果となったのは、自らが招いた事態とはいえ、悲劇と言わざるを得ない。

しかしながら、被告人らは、このような不動産を巡る厳しい状況の中で、自らの犯した行為を償い少しでも多くの税金を支払うために、精一杯の努力を続け、今日に至るまで、昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期の法人税として合計二億五七六八万二八〇〇円を支払い、本税についての納税率は、六七・六パーセントに及んでいる。

不動産を巡る厳しい社会情勢に加え、銀行等債権者との利害調整の困難さ、税金支払のため当座に入金した小切手が債権者である銀行により相殺処理される不測の事態の発生等の事情も手伝い、被告会社による納税は、当初の予定から大幅に遅れる事態となっているが、これまでになされてきた被告人らの納税の努力とその結果に対しては、一定の評価がなされてしかるべきと考える。

また、被告会社の資産は合計約三億円弱に過ぎないうえに金融機関からの借入金の担保に供されており、しかも負債は約二七億円を超えて資産を大幅に上回る状態にある。被告会社が税金を支払う財源を生み出すためには、代表者である被告人傳田が、複雑に絡み合った権利関係をほぐすことにより少しでも原資を生み出していくか、あるいは、関連会社である株式会社日本リゾートを含めた事業活動の展開の中から、新たに財源を生み出していく以外に方法がないというのが現実と言わざるを得ない。

4、被告会社及び被告人傳田の家族の状況について

被告人傳田は、税金の支払を免れることにより、格別贅沢な生活をしたり隠し資産を作った事実はないし、特にこれという個人資産も持たず、被告会社の借入の保証という形で多額の個人債務を負担している。

被告人の二人の息子は、就職して社会人となったものの未だ若年であり、自分達の生活を維持するだけで手一杯である。

被告人傳田は、満六七歳で自らも慢性大腸炎の持病を抱えており、変形性股関節症で歩行困難な状態にあり手術と長期間にわたる入院加療の必要な妻邦子(満六三才)と高齢で高血圧に伴う虚血性心疾患を持つ義母の野田貞子(満八九才)を扶養していかなければならない立場にあり、被告人一家の生活は、文字通り被告人の双肩にかかっている。

また、被告会社及び関連会社である株式会社日本リゾートも、実質的に被告人一人によって切り盛りされている状態にある。

このような状況の下で、被告人傳田が実刑判決により収監される事態になれば、被告人の家族及び被告会社はその存立の基盤を失い、債権者らに対してこれまで以上に大きな迷惑をかけるだけではなく、国税等税金の未納分の納税も一層困難な状態になることが懸念される。

5、裁判の長期化による重圧について

本件事件は、昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期の法人税の納付に関するものであり、事件後既に一〇年近く経過しており、起訴されてからだけでも、第一次控訴審で被告人らの主張が一部認められて第一次第一審判決が事実誤認により破棄差戻された事情もあり、今日に至るまでに既に五年以上の歳月が経過しており、その間、被告人傳田は刑事被告人としての精神的な重圧を受け続けている。

そして、このような裁判の長期化は、捜査段階において、北沢及び国母物件の取引が被告人個人に属するという被告人の主張に耳を傾けて証拠を十分検討することもしないままに、全ての取引を被告会社のものと決めつけた自らのストーリーに固執した国税当局及び検察官の誤りと、そのようなストーリーの持つ矛盾をきちんと見抜くことのできなかった第一次第一審の判断の誤りに起因するところが大きく、被告人側の責に帰すべきものではない。

6、被告人の前科について

被告会社及び被告人傳田には、本件に至るまで、前科と呼ばれるものは何も存在しない。

7、結び

被告人らの行為の責任は決して小さいものと言えないが、以上縷々述べた被告会社及び被告人傳田にとって有利若しくは考慮されるべきと考えられる諸情状を勘案すると、被告会社を罰金九千万円に処し、被告人傳田に対して懲役一年の実刑を言い渡した原判決の刑の量定は甚だしく過酷かつ不当なものであり、破棄をしなければ著しく正義に反するものと言うべきである。

二、訴訟費用の内、訴訟費用のうち証人瀧上正夫に支給した分を被告人株式会社伝田工務店及び被告人傳田博の連帯負担とした第二次第一審の判決を維持した原判決は、刑事訴訟法一八一条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するから、刑事訴訟法四一一条一号により破棄されなければならない。

以下、その理由を述べる。

1、証人瀧上正夫に対する尋問は、第一次第一審において、実質的には北沢物件及び国母物件の取引は被告人伝田工務店の取引であるという検察官の主張を裏付けるための証人として検察官により申請されたが、第一次控訴審においては、検察官の主張を認めた第一次第一審の判決が事実誤認を理由として破棄差戻となり、第二次第一審において、検察官は右判決を受けて訴因を変更し、これらの取引について起訴の対象から除外している。

2、証人尋問の結果も、第一次控訴審の判決が、北沢物件の取引について「証人瀧上正夫(中略)は、原審公判廷において、当初、被告会社が売主側の仲介人として、東急不動産が買主あるいは買主側の仲介人として関与する前提で交渉を進めていたところ、値段が折り合わないために御破算になり、その後に買取りの話が出たもので、被告会社が売却先を探して仲介として関与するという当初の段階とは連続性がない旨供述している。」ことを、右物件の購入の動機は自宅を建てようと思ったからであるという被告人の供述を排斥することが相当でない理由として判示し、国母物件の取引について「元被告会社の従業員であり本件取引に関与した瀧上正夫は、原審において、既に被告人及び被告会社と特段の利害関係がなくなった立場で、『被告人から(この取引は)、個人でやるんだけど付いてきてくれと言われて付いて行った』旨明確に供述している」ことを、右取引が被告会社の取引と断定することに合理的な疑いがある根拠の一つとして判示していることから明らかなように、右各取引は被告会社の取引ではないとする弁護人らの主張を裏付ける証拠として評価され、事実誤認による破棄差戻をする根拠として援用されているものであり、「刑の言渡しをした事件の審理上必要と認められる処分のために要した費用で審理の経過とその結果から見て被告人に負担させるのが相当と考えられるもの」と言えないことは明らかである。

3、従って、右証人に対して支出された費用を被告人らの連帯負担とした第二次第一審の判決を維持した原判決には、刑事訴訟法一八一条の解釈を誤り判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、破棄をしなければ著しく正義に反するものと言うべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例